ドッペルゲンガーを殺せ

 この世の中には、自分とうり二つの顔を持つ人間、ドッペルゲンガーが存在する。
 そのドッペルゲンガーに出会うと人は死んでしまうというのに、最近、僕のドッペルゲンガーが人気アイドルになったらしく、頻繁にメディアに顔を出すようになって困っている。
「この頃、お前のドッペルゲンガーがよくテレビに出ているから気を付けたほうがいいぜ」
 と友人に聞かされたときは、ほとんど死を宣告されたような気分だった。ドッペルゲンガーはブラウン管や写真ごしに見ても死んでしまうのだ。向こうにしてみれば、僕がドッペルゲンガーになるので、対面すれば二人とも死ぬことになるが、間接的に見れば被害は片方だけなので余計に始末が悪い。ドッペルゲンガーがのうのうとテレビに出る一方で、一般庶民の僕はそれを見ただけで死んでしまう立場にあり、毎日おびえて暮らさなければならなかった。
 そんな僕の心境とは裏腹に、ドッペルゲンガーの人気は日増しに高まり、テレビのCMや電車の吊り革広告など、メディアの露出も多くなっていたそうだ。このままでは目隠しをして外出しなければならない……。いよいよ我慢がならなくなって、僕はドッペルゲンガーの活動を自粛するように所属の事務所へ抗議の文書を送った。
 これで、少なからず状況は改善されるかと思い、食料品を買うために近所のスーパーへ歩いているときだった。住宅街の路地を前方から進行してきた車が、突然、進路を変えて僕の方に突っ込んできたのだ。とっさによけて衝突は避けたが、車が残していった一枚のビラを見て、唖然とした。
『これは警告だ』
 僕の全身は恐怖に震え、急いで家に逃げ帰ると、友人に電話で助けを求めた。
「ああ、事務所に抗議なんかして、自分の存在を相手にばらしたのは失敗だったな。歴代の総理大臣のドッペルゲンガーが、国内にいることを明かしたばっかりに闇で暗殺された話もあるくらいだ。次に下手なことをすれば、きっと殺されるぞ」
「ぼ、僕はどうすればいいんだ」
「どうにかして、敵の人気を落とすしかないだろう。噂によれば、ドッペルゲンガーは女癖が悪く、週刊誌がスキャンダルを狙っているらしい。いま、人気が出始めたばかりの若手アイドルだからな。女性問題が取り上げられれば消えていくのも早いだろう。何とかその場面を撮って、写真を週刊誌に送ってみれば……」
 友人の話で敵が女性問題という弱みをもっていることは分かったが、僕にはどうしようもなかった。たとえ、うまくスキャンダルの場面に遭遇しても、カメラ越しにドッペルゲンガーを覗いただけでこちらが死んでしまうのだ。かといって、マスコミが活躍するまで自宅に引きこもる生活も耐えられない。有名人と同じ顔をしているだけで、あまりに理不尽ではないか。先ほどひき殺されそうになったことも相まって、ドッペルゲンガーへの敵意がふつふつと湧き上がってきた。
(まてよ、スキャンダルか……)
 ふと、そこである考えが浮かんだ。うまくいけば、ドッペルゲンガーを消し去れるかもしれない画期的な方法だった。失敗したときのことを考えると危険だが、じっと指をくわえて何もしないよりいいだろう。最後の手段ということで、僕はその計画を実行することにした。

 僕が、その計画を果たした一週間後には、友人が血相を抱えて自宅にやって来た。
「おい、聞いたか! ドッペルゲンガーが死んだらしいな」
 友人は週刊誌とスポーツ新聞を持っていた。その記事には別々の内容が書かれていた。
「この週刊誌にはドッペルゲンガーと女性がホテルを出て行く写真が掲載されていてな。これだけでも驚いたのに、今朝、コンビニで売られているスポーツ新聞を見て目を疑ったよ。ドッペルゲンガーが、自分のスキャンダルの記事を見てショック死したなんて……。もしかして、このスキャンダルはお前が仕組んだものなのか?」
「うん、まあね。君に言われたとおり、マスコミを利用したんだ」
「でも、自分でカメラを使うのは無理だって……」
「ああ、だから、あらかじめ新聞や週刊誌の記者にたれこんでおいたのさ。あのアイドルが、いま女性とホテルで密会していますよって」
「なるほど、うまくいったな。それにしても、敵がショックで死んじまうことまで計算していたのか?」
 その友人の質問に、僕はただはにかんでみせた。自分でも、こんなにすぐ上手くいくとは思っていなかったからだ。
「全ては君のおかげだよ。スキャンダルという発想をくれて、本当に助かった。それにしても、この写真、ずいぶんカメラ目線で映っているね」
「ば、ばか、まずいだろ。この写真にはドッペルゲンガーが写っているんだぞ」
 友人の取り乱した様子がおかしくて、僕は写真の人物の顔を笑って指差した。
「ははは、大丈夫だよ。だって、この写真に写っているのは、ドッペルゲンガーじゃなくて僕なんだから」


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