「二つ上に、兄がいます」
警察の取り調べにAは素直に応じた。
「お兄さんも現場にいたんだね」
「そうです。僕は、兄に呼ばれて見に行っただけです。だから、悪いのは全部、兄たちです」
素直さは、罪の意識のなさの裏返しでもあった。
「でも、君も暴行に加わったんだろ」
「それも、兄たちに命令されたんです。お前も、見てるだけじゃなくて、やってみろって。だから、ほんとはやりなくなかったけど、金属バットを渡されて、仕方なく……」
「何発も殴ったと聞いている」
「だって、周りがもっとやれって、はやし立てるから」
「君の頭への一撃が致命傷になった可能性もある」担当官の強い語気にAは身を震わせた。「人が、一人死んでるんだぞ。殺意はなかったにせよ、無抵抗な男性を大勢で暴行し、最悪の結果を招いた。非常に卑劣で、残忍極まる行為だ。周りがどうこうではない。まず、君自身が、人の命を奪った当事者であることを自覚しなさい」
Aは肩を落としたまま、小さく頷いた。その顔は釈然としていなかった。その後、Aは少年法に基づき、家庭裁判所へ送致された。
「たしかに、弟に声をかけたのは僕です」
少年Bはイライラした声で言った。
「でも、それは、できるだけ人を集めろって言われたからです」
「誰に指示されたんだね」
少年Bは沈黙した。貧乏ゆすりが止まらなかった。ドン、と担当官が机を叩くまで、それは続いた。
「僕がチクったてバラさないでしょうね」
何度も、何度も念押しして、ようやく少年Bはある人物の名を答えた。Bは十五歳であったが、刑事責任は問われなかった。
「は、俺が主犯? んなわけねーだろ」
少年Fが鼻で笑う。彼は取調べ中もずっと人を食った態度であった。
「君に指示されたと証言する者が何人もいるんだ」
大人の強い口調にも、Fは物怖じしなかった。
「警察も、脳ナシの集まりだな」さらに強硬な姿勢をとる。「俺も、頼まれたんだよ。あいつに」
新たな首謀者の可能性に、担当官は目の色を変えた。
「ん、知りたいか。ん?」
担当官は素直に頷いた。Fは満足そうに、ある少女の名を口にした。従順な大人の態度に気を良くしたのか、事件の核心に触れる内容まで話した。
「これで分かっただろ。あの野郎は、殺されても仕方ないことをしたんだ」
Fは十五歳であったが、保護処分が妥当と判断され、少年院に送致された。
少年F、P、Y、(未定1)、(未定2)を主犯格と見込んでいた警察のあては外れた。彼らが連絡系統の一部を担っていたことは証言から明らかだったが、決してトップではなかった。
「まさか、こんなことになるなんて……」
少年Zが嗚咽を漏らす。F、P、Y、(未定1)、(未定2)の全員が事件の主犯ではないと主張し、結果、彼女の名を口にしたのだ。
「君も、事件当時、高架下にいたんだね」
担当官が優しく問う。
「はい。(未定13)と(未定14)の三人で、行きました」Zの涙は止まらない。「でも、違うんです」
「君が、F、P、Y、(未定1)、(未定2)に頼んで、T先生を襲わせたと、彼らは証言しているが」
違う、違う、とZは首を振る。
「私は、ちょっと、大げさに言っただけです。T先生が、その、学校で私のことを変な目で見てくることが多くて。授業でも、私ばかりに当ててくるし。それで、違うクラスの(未定13)と(未定14)も同じようなことされてるって言ってたから、ちょっと、その、大げさに言っただけなんです。それだけです。私は、T先生に、その、乱暴なことをしろだなんて、何も言ってません。彼らが勘違いして、勝手にやっただけです」Zはせきを切ったようにまくし立てた。「私だけじゃありません。(未定13)はHとか(未定19)とか、(未定14)も(未定34)とか彼氏の(未定66)とかに、おんなじように言いふらして、だからたくさん人が集まって、大事になったんです」
「でも、君たちもいたんだろ。先生が大勢の少年に暴行された場所に。なぜ、その場で誤解を解かなかったんだね」
「いえるわけないです!」
担当管は、同じ質問をZ、(未定13)、(未定14)にしたが、彼女たちは示し合わせたように泣き喚いた。
「いまさら、嘘でしたなんて言える状況じゃないです」
その理由も
「私は、先生の無事を祈ってました。もうやめてって、何度も心の中で叫びました」
その言い訳も
「だから、私は、この事件には関係ありません」
その愚かな主張も同様であった。
「まったく、胸くそ悪い事件だ」
記事の草稿を読んだ編集者が忌々しそうにぼやく。だが、その顔は満足そうだった。
「全員、罪の意識がまるでないところがいいっすよね」
感触は悪くなさそうで、ライターの声も弾む。
世間を賑わせた少年たちの傷害致死事件。そのルポを週刊誌に連載することは、駆け出しライターの男にとって大きなチャンスだった。
「うむ、少年たちのバックグラウンドを、取調べ形式で深堀りしていく構成は問題ない。しかし、容疑者全員に取材するのは大変だったんじゃないか」
「たまたま、事件を担当していた警官と知り合いでしてね。取材できなかった少年のエピソードは、関係者のインタビューで補いました」
「なるほど、問題ない。このまま本稿も執筆してくれ」
「あの、ひとつ相談が……」会議室から退席しようとした編集者を呼び止める。「記事では、犯行現場にいたすべての少年について書くんですよね?」
「もちろん。前代未聞の事件だからな。それが、この記事のウリだ」編集者は、ははんとうなずく。「少年の呼称について困っているんだろ。草稿では(未定1)と逃げてたもんな。人数が多すぎてアルファベットじゃ足りないもんな」
「ええ、どうしましょう」
「そうだな、あれだ。ギリシャ文字だっけ。アルファとか、ベータとか、あれでいいよ。それでも足りなければ……、元素記号でも使うか。合計すれば、100は超えるだろ」
「168種類です」男は即答する。「ただ、取材をした結果、現場には313人の少年がいたことが分かりまして……」
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